フォーチュナ東京のネクタイは、京都の西陣で製造しております。
西陣織は1200年以上の歴史を持ち、その品質や技術力は国内は勿論世界的にも高く評価されています。


ネクタイの品質

・着物で培われた日本の伝統的で繊細な技術が、ネクタイの織りにも生かされています。
・現在京都西陣地区で織機を持ってネクタイを織っている機屋は10件ほどしかなく、その中の最大手の機屋で生産しています。
・ネクタイのシルクの糸は、3Aスーパーエキストラのグレード(通常衣服に使われる物の中で最高級)のみ使用しています。
・ヨコ糸は63デニールの極細糸を使用しているため、繊細できれいな柄表現を実現。(一般的に使用される糸の約1.7倍細い糸を使用しています。)
・タテ糸密度は10,500本/1mで、(一般的な密度は8,000〜9,000本/1m)生地密度が高く、耐久性に優れています。
・生地を織るスピードは、平均よりも50〜70%の低速度にしゆっくりと織るため、美しい光沢に成功しました。
・レピアと呼ばれるジャカード織機を使用し、染色も京都の綺麗な地下水を使用しているため発色性が良好で、上品な風合いを実現しました。
・この機屋で織られた生地は、全国の高級百貨店や有名ブランド、セレクトショップで販売されています。


西陣織とは

京都の西陣で織物作りが始まったのは、平安時代にまで遡ります。平安遷都ともに宮廷の織物工房として発展しました。「西陣」という地名は、1467年に起こった応仁の乱時に西軍が本陣を置いたことに由来する京都の地名です。室町時代の末ごろには、西陣の織物業者が伝統ある京都の絹織物業を代表するものと認められるようになりました。

西陣は朝廷や豊臣秀吉などによる保護を受ける一方、その後も中国(明)の技術を取り入れるなどしてすぐれた織物を生み出し、いっそう発展を続けました。そして日本の絹織物業の代表的存在であると同時に、京都を代表する産業となったのです。

江戸時代になり、世の中が安定して町人文化が台頭してくると、高級織物の産地である西陣はさらに繁栄、その勢いは他を圧倒していました。

幕末維新後の動乱と東京遷都は、西陣だけでなく京都そのものを一時衰えさせましたが、明治の新時代とともに西陣はいちはやくフランス、オーストリアのジャガード、バッタンなどを導入し、積極的に洋式工業の技術を導入し復活しました。

明治20年頃には洋式技術は定着し、西陣は日本絹織業の近代的な技術革新の発祥地となったのです。

現在では西陣織の高級帯、きものからネクタイ、金襴、和装雑貨、暮らしやインテリアの小物まで取り扱い、西陣から生まれる優れた製品は、日本の伝統産業の夢のある楽しさ、素晴らしさ、美しさを次世代に伝承していくという想いが込められています。